とあるヘタレ絵描きヲタのチラ裏雑記。
『プラスティック・メモリーズ』雑感
どうやら、『プラスティック・メモリーズ』に関しては、「何が言いたいのかよく分からなかった」とか、「消化不良な感じがした」という感想も少なくはないようです。

しかし、異論はあるでしょうが、私は『プラスティック・メモリーズ』は実に解かりやすく、綺麗に着地した作品だったと思います。

もしかすると、『プラスティック・メモリーズ』に関して「何が言いたいのかよく分からなかった」という不満をお持ちの諸兄姉は、「木を見て森を見ず」に陥ってしまってはいないでしょうか。

その顕著な例が、『プラスティック・メモリーズ』に対する不満で、「あのエピソードは無駄ではなかったか」というものが、しばしば見聞される、ということではないかと。

たしかに、物語の設定に拘泥するのであれば、無駄なエピソードもあったかもしれません。ですが、一見無駄に思われるエピソードも、アイラちゃんやツカサにとっては大切な「日常」であり、それは『プラスティック・メモリーズ』という作品の必要不可欠な本質なのではないか、つまり『プラスティック・メモリーズ』という作品は、日常を徹頭徹尾描くことで、「永遠」を探求した作品なのではないか、そう思うのです。

アイラちゃんと共に日常を生きたツカサが日常を生きていくことで、アイラちゃんも共に生きていく――これこそが、「永遠とは何か」という問いに対して『プラスティック・メモリーズ』という作品が出した、ひとつの答えなのではないでしょうか。その点で、『プラスティック・メモリーズ』はKey作品に通じるものがあるような、そんな気がするのです。
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